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バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

ネパールからインドへの国境越は小さな橋

               ≪九月十四日≫    -爾-



  バスはゆっくりと、今度はドンドン下って行く。


 驚きと空腹と疲れと奇異を乗せてバスは走る。


 どうやら高山病は克服されてきたようだ、頭の痛みが取れてきた。


 バスは左右上下に、激しく揺れながら走る。


 木製の座席なので、尾てい骨が衝撃を受けている。


 隣の子供達は何事もないように眠っている。



       俺「こんなに揺れるバスで良く眠れるよな。」



  妙に感心していると、その子供達のお母さんだろうか、暢気に

タバコをふかし始めた。


 暫くお母さんのタバコを吸っている様子を見ていて驚かされる。


 吸っていたタバコの灰が長くなって、今にも落ちそうになった時、そ

の長くなった灰を手のひらにポン!っと載せると、なんと・・・・・なん

と、それをいきなり自分の口の中に放り込んだのだ。



  タバコの灰は胃の薬になるとは聞いていたが、それを目の当た

りにしたのは始めてであった。


 八時間も走っただろうか、やっと小さな町に入った。


 やっと平地らしい平地に到着した。


 バスも平地なので快調に、時速30キロで走っている。


 大分バスの中も和んできたのか、陽気なネパール人が唄を歌ったり、

大きな声でワイワイ喋っているので騒がしい。


 それをモンゴル系ネパール人達が、大人しく聞いてニコニコしてい

る。


 なんとも優しく、平和に満ちた人たちであろうか。



  平地を走り出すと、家並みも人も増えてきた。


 ”ビチャゴリ”と言う街かも知れない。


 そして、至る所で国境に見られるような、監視小屋があり、そこには

必ず手動式の踏切り板下りてきて道を塞ぐのである。


 そのたびに、バスは停まり車掌が降りて、なにやら通行手続きを済ま

せているのが見えた。



  良く見ると、”TAX”と言う文字が見えた。


 国境でもないのに、どうやら車はここを通る度に、通行税を支払って

いるのであろうか。


 そんな街を三つも過ぎると、目的の地である”Birgan”(ビールガン

ジ)と言う街に入ったようだ。


 時計を見てみると、まだ十時間ほどしか経っていない。


 二十四時間と思っていたのに、勘違いだったのか十時間ほどで到着し

てしまった。



  もう街は夕暮れが迫っていた。


 この険しい道をあの河口慧海は、歩いて上っていったのかと思うと驚

愕してしまう。


 俺はバスで、尻が痛いと文句言っている間に、到着してしまっている

のだから、彼の苦労を思わずにいられない。


 河口慧海はこの先の”セゴーリ”と言う街から、カトマンズの南の

街”マルク-”まで歩いて8日かかっている。


 関所を通らない為、獣道を歩いていった為、八日間もかかってしまっ

たのだろう。


 それを俺はたった十時間で下りてきてしまった。


 なんとも情けない話である。



  仕事を終えた労働者達が、自転車で道を塞いでしまっている。


 自転車の洪水だ。


 道端に馬車が数台停まっているのが見えた。


 歩いている人、馬車に乗って揺られている人、そんな帰り道を急ぐ人

たちでいっぱいの狭い道を、バスは山道から解放されて喜んでいるかのよう

に、勢い良く警笛を鳴らしながら突っ走っている。



       バス「どけどけ!どけ!敷かれても知らないぞ!」



  そういって走って行く。


 バスは少しずつ、乗客を吐き出しながら走る。


 もう外は夕暮れから暗闇に変って行く。



  自転車の隙間を縫うように走っていたバスは、小さな広場に停

まった。


 終点だ。


 運転手がバスを下り、バスの屋根に駆け上ったかと思うと、乗客たち

の荷物を放り投げはじめた。



       俺「オイオイ!放るなよ!取りに行くからサー!」



  そんな俺の声を無視して、荷物が空を飛んでいる。


 後ろを振り向くと、さっきバスを追いかけてきた群集がバスに追いつ

いてきた。


 群集はバスを取り囲む。


 何をするのかと思うと、運転手が放り投げている荷物をキャッチし始

めた。


 バスの回りは、馬車や輪タクやら、宿の客引きやらで異常な賑わいを

見せている。



  バスを下り、放り投げられた自分の荷物を見つけ出し、大勢の

客引きたちを振り切って歩き出した。


 暗闇が迫った中、褐色の顔をした現地人達に迫られるほど、気持ちの

悪いものはない。


 ここはネパール領、国境の街”ビールガンジ(Birgan)”。


 インド領の”ラクソール”はすぐ近くらしい。


 とにかく、今日中にインドに入りたい。



  一台の馬車を止め、馬車に乗り込む頃にはもう付近は真っ暗状

態。


 現地の人たちの目だけが、白く闇夜に浮かんでいるのが怖い。


 馬車はゆっくりと進む。


 外灯がほとんどついていないために、目が闇に慣れるまでは全く何も

見えない。


 目が慣れてくると、周りの景色がボンヤリと見えてくる。



  細い砂利道を馬車は大きく揺れながら進む。


 電気もつけないで自転車が近くを走って行く。


 夜の、それも馬車での国境越えは初めてだ。


 まだ、宿は決まっていない。


 初めての国、初めての街、それも怪奇なインドという事で、不気味さ

と不安と期待を乗せて、馬車はたぶん国境に向けて進んでいるのだろう。



  十五分ぐらい揺られただろうか。


 小さな灯りのついた建物が見えてきた。


 何がなにやら分らずにそのまま乗っていると、馬車は建物の前で停ま

った。


 御者が建物を指差して何か言った。


 どうやら国境を越える為の手続きをするカスタムであるらしい。



  馬車に荷物を置いて(あとでまずいと思ったが、)建物に入っ

て行くと、係員が二、三人いて書類を出してきた。


 パスポートを見せて、馬車に置いてきた荷物の事を心配しながら、出

された書類を埋めると、荷物を取って来いとも言われず手続きは終った。



       俺「なんだ、簡単じゃあないか!」



  急いで馬車に戻る。


 荷物は無事だった。


 御者である老人は悠々と座っている。


 こうも暗いともう夜中かと錯覚してしまう。


 空には日本では見られないほどの満点の星が、今にも落ちてきそうな

ほど輝いて見える。


 俺は焦っているのだが、御者はまだ夕方だからと、落ち着き払ってい

る。


 御者が馬に合図を送る。



  暫くすると、小さな川にさしかかった。


 そこに掛かっている小さな橋を渡りきると、御者のじいさんが言っ

た。



       御者「この橋がネパールとインドとの国境だ。」



  そこには、木の橋が7~8Mほどの長さで掛けられていて、馬車が

やっと通れるほどの狭さだ。



       俺「やった!!インドだ!インドに入ったぞ!」



  言葉に出さず、叫んだ。



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